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忙しさの中で失われていくもの
コーヒーを一杯飲むだけの時間すら惜しいと感じる日がある。
スマートフォンを片手に、立ったまま流し込むように飲む一杯。それもひとつの飲み方だけれど、コーヒー本来の味わいや香りは、きっとその半分も感じ取れていない。
忙しさに追われるほど、私たちは「間」を持つことを忘れていく。

「間」とは、あえて立ち止まること
「間」とは、何もしない時間ではない。
あえて立ち止まり、目の前のものに意識を向けるための時間だ。
豆を挽く数十秒、お湯を注ぐ数分間。この工程を省略せずに味わうことこそが、一杯に「間」を込める第一歩になる。
手を動かしながらも、心は急がない。そんな矛盾したような時間の使い方が、案外心地いい。

一杯を淹れる工程そのものが「間」になる
豆を挽く音、お湯が落ちていく音、立ちのぼる湯気。
これらすべてに意識を向けていくと、コーヒーを淹れる工程そのものが、自然と「間」になっていく。
特別な道具や場所は必要ない。台所でも、キッチンカーの前でも、意識ひとつでその時間は変わる。
急がず、丁寧に。それだけで一杯の価値は大きく変わってくる。

「間」がある一杯を、日常に
「間」を持つことは、決して贅沢なことではない。
一日のうち、ほんの数分でいい。その数分間、コーヒーと向き合う時間を持てるかどうかで、心の余白は大きく変わってくる。
そんな「間」がある一杯を、日常の中に少しずつ届けていくこと。急がない一杯が、今日という日を少しだけ豊かにしてくれる。

自家焙煎 コーヒーライフ/ライフさん
投稿日:火曜日&木曜日20時/ふとした時、会いに来てください。
